azukki的. 姉妹猫mao(黒)とmeo(銀)、保護猫ノア(黒白) 空と花と石と美しいもの。

長浜曳山祭

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(長浜 子供歌舞伎)





京都から琵琶湖へ向かいながら、ふと長浜へ行ってみたくなりました。
長浜ゆかりのAさんから長浜曳山祭(ながはま ひきやままつり)とそこで行われる子供歌舞伎の素晴らしさを聞いていたので...

曳山(山車=だし)の巡行は前日の4月15日に終わっていましたが、子供歌舞伎はこの日も見られると知り、琵琶湖テラスを後にして長浜行きの電車に乗りました。

長浜に近づくと、琵琶湖沿いの車窓の風景が美しくて。

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もう夕方に近い時間だったのですが、子供歌舞伎の上演に間に合いました!

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演目は「恋飛脚大和往来 梅川忠兵衛 新口村の段」
正直なところ、これほどレベルの高いものだとは思っていませんでした。
演技、台詞も所作も堂々たるもの。
春休みに入ってから1ヶ月足らずの練習で仕上げると聞いて驚きました。

長浜曳山祭は400年前、秀吉の時代から行われているもの。
(以下、引用です。)

長浜八幡宮を中心に行われる日本三大山車祭りのひとつの長浜曳山まつり
長浜曳山まつりは、豊臣秀吉公が長浜を治めたときから始まりました。
長浜八幡宮は、社伝によると1069年(延久元年)、源義家の要請により、後三条天皇が命じて石清水八幡宮を分祀勧請したといわれています。
由来書によると、秀吉公が源義家の後三年の合戦の凱旋の様子をあらわした「太刀渡り」を町年寄十人衆に行わせたのが八幡宮の祭礼の始まりと記されています。
その後、秀吉公が男子誕生の祝いに町人へ若干の砂金を贈り、これを原資に町人たちが曳山を造営し、八幡宮の祭礼に曳いたのが「長浜曳山まつり」の始まりといわれています。
絢爛豪華な山車は”動く美術館”ともいわれ、そのクライマックスを彩るのが「子供歌舞伎」。
5歳から12歳くらいの男の子が衣装に身を包み、歌舞伎を演じます。
子供の名演技に、訪れる人たちの惜しみない声援が絶えません。
「長浜曳山まつり」より)

2016年11月30日、ユネスコの無形文化遺産に指定されたそうです。
伝統を守り受け継ぎ次代につないていく営みに頭が下がります。



13基ある曳山のうち、子供歌舞伎が演じられるのは4基、年によってかわります。
ちょうど歌舞伎を見ることができたのは、こちらの「鳳凰山(ほうおうざん)」でした。

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貴婦人と三人の従者を描いた「鳳凰山飾毛綴(ほうおうざんかざりけつづり)」。
400年前のベルギー製だそうです。



長浜の町をしばし散策。

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他の3基の山車も見て回ることができました。
こちらは壽山。

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高砂山。
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猩々丸(しょうじょうまる)。
これだけ舟の形をしています。
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今度来るときは、琵琶湖のほとりを歩いてみたいと思いました。


さらば長浜。
また来ます。
きっと。
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(2018.4.16)


by azukki_bio | 2018-04-24 18:55 | 出かける | Comments(0)